心の底から“死にたい”って思ったことありますか?
こんにちは。18年間コミュ症だったタカです!
突然ですが、皆さんは心の底から“死にたい”って思ったことありますか?
僕は18年間、”ほぼ毎日”思っていました。
学校の窓から外の景色を見て、「ここから飛び降りれば楽になれるんだよな、、、」と思ったり、フラフラとマンションの屋上に行ったり、ビニールのひもを首にかけてみたり、包丁を首や心臓にあてた回数も数回じゃありません。
つい最近までこんな過去は消したいと思っていました。
ですが僕は最近たくさんの方に支えられ、最高に人生が楽しいです。だから、心を塞ぎこんでいる人、死にたいと思ってる人、そして何か強いコンプレックスを抱えてる人に向け、何か一つでも参考になることがあればと思い、今この文章を書いています。
じゃあなんでそんなに思いつめるようになったのか?
それは、僕はアフロのようなくせ毛だからです。
放置したら下の写真のようになるくらい強いくせ毛です。
それが原因で、物心ついた時には「鳥の巣!」「もじゃもじゃ!」「パーマあててるん?(嘲笑)」「髪の毛ライターで燃やしたん?家爆発したんちゃうん!(嘲笑)」、と言われ続けていました。正直小学校はこんな言葉しか頭に残っていません。
まぁ人が嫌いになりますよね。笑
それで、人とろくにコミュニケーションが取れないまま中学生になり、高校生になり、友達もろくに出来ずに卒業しました。
当然学校に行きたいと思ったことはなく、日曜日の夜は一番嫌いな日でした。
体育祭?文化祭?卒業式?修学旅行?クラス替え?班行動?
何が楽しいのかさっぱり分かりませんでした。
もちろんです、友達がいないのですから。笑
今思えば僕にもかなり悪い癖がありました。人の短所をあげつらう性格だったのです。
恐らくいじめが原因で、人の悪い部分ばかり目に付いていたのだと思います。
何はともあれ僕は、親が先に死ぬということだけは気付いていたので、コミュ症でも生きていけるように有名な大学に行こうと思いました。今思うと浅はか過ぎて恥ずかしいのですが、学歴だけあれば生きていけると考えていたんです。
が、結果として失敗し、私立大学に入学することになりました。
僕の中でこの大学はただの中堅私立。願っていた超高学歴とは程遠い、ごくごく普通の大学です。
本気で死のうと思いました。募集要項を破り捨て、荒れに荒れていました。
しかし、せっかく親が進学させてくれると言ってくれたので、僕は1つ決意をしました。
・・・「モテたい」と。
馬鹿げたような決意ですね。笑
ですが、「大学を卒業する4年後に死のう。だけど4年間だけは、どんな失敗をしてもいい。どんな恥をかいてもいい。今まで女の子と喋ったことないし、手を繋いでデートしてみたいし、努力してみよう。」
真剣にそう思ったんです。
そこで、雑談力、脳科学、心理学、恋愛メルマガ等を手当たり次第に読み漁り、ひたすら実行し続けました。
実際にモテてる人にもお会いし、頭を下げモテ方を教えてもらいました。
さらに人気がある方を観察し、徹底的に真似し続けました。
そうすると2年経つ頃には、とりあえず人とコミュニケーションが取れるようになりました。3年経つと、「喋りやすい!タカ君と一緒にいると落ち着く~」と言ってくれる人が現れるようにまでなりました。
「3年!長くない?」って思う方もいらっしゃるかもしれません。
僕には正直これが短いのか長いのかは分かりません。
ですが、僕は挨拶すらも出来ないコミュ症でした。
「おはよう!」すら言えなかったんです。笑
それを考慮すると、まずまずの結果だったのかなと思います。
当然失敗も数えきれないほどしました。デートの誘いを何回も断られたこと。LINEが返ってこないのは日常茶飯事。明らかな嫌いのオーラを出されたこと、その他今思えば消したくなるような過去ばかりです。
(・・・もちろん僕にもたくさんの原因がありましたが。笑)
ですが、そんな困難を乗り越えて、今はこんなことを言ってくれる人に囲まれています。
「彼は一生懸命な人!」
「優しくて熱くて真っ直ぐな男なんですよ!」
「タカ君ホント優しい!」
「こいつは吸収力がすごいんですよ。大器晩成型です!」
・・・泣きますよね。普通に。
18年間友達らしい友達なんかいなくて、死にたいとほぼ毎日願ってた学生が、今こんな優しい人達に囲まれて、こんな言葉をかけて貰えて、受け入れてくれて。
人の温かさって計り知れない価値があるものなんだって気付きました。
そこで、強いコンプレックスを乗り越えた僕が感じたことを3つ書きます。
(Ⅰ)「3年前の過去のことなんてほとんど覚えてないから、今積極的に挑戦してみよう。」
―正直3年前の喋れなかった時のことや、数えきれない失敗をしたことは今となっては良い思い出です。「あ、そんなことあったな。」ぐらいです。だから今目の前のことを精一杯努力するのが大切だと気付きました。
(Ⅱ)「コンプレックスが強ければ強いほど、それを良い方向に乗り越えたときは誰にも負けない力になる。」
―コンプレックスが強いと人の何百倍も努力するんです。そして普通に生きてきたら絶対に分からない多くのことに気付けます。人にも優しくなれます。コンプレックスが強ければ強いほど、ポテンシャルがすごいんです。
(Ⅲ)「誰も他人のコンプレックスをさほど気にしてない。むしろコンプレックスは発信すべき。」
―意外と誰もあなたのことを気にしていません。笑
僕は18年間喋れなかったことを話すと人に引かれると思っていました。ですが、発信しても誰も気にしていないということに最近気付きました。
また、コンプレックスを発信することで、「こんな人もいるんだ。この悩みは私だけじゃない。」と人々に伝えられ、勇気づけられる人がいると思うからです。
<最後に1つだけ伝えたいこと>
それは、「みんな違ってみんな良い」ということです。
本当につい最近まで、「18年間喋れなかったなんて恥だ。」と思っていました。
しかし、見方を変えれば僕は非常にレアな経験をしたのであり、喋れない人の気持ちが自分のことの様に分かります。
人それぞれ良さがあり、それに気付いてくれる人が必ずいます。
だから、もし今死にたいくらい辛いことがあって包丁を持ったり、屋上に行ってる人へ。
僕にその苦しみは分からないし、変わることも出来ません。
でも勝手かもしれないけれど、死なないで生き続けて欲しいなと思います。
きっといつか、自分にしかない強みに気付けるときが、優しくなれるときが来るはずだと、そう思っているからです。
長い文章を読んで下さりありがとうございました。
誰か一人でも、何か気付いて頂くことがあれば幸いです。
以上、18年間コミュ症で何度も死にたいと願ってた1人の学生より。